2019.04.12 小田 菜南子

育児と競技を両立。寺田明日香選手が実践する、陸上競技の働き方改革

天真爛漫で、少女みたい。駅の改札から取材場所へと、一緒に歩きながら感じた寺田明日香選手の第一印象は、かつて100mハードルで日本選手権三連覇を成し遂げた選手というイメージとはかけ離れていました。マネージャーを務めている夫の峻一さんとの会話も、友達同士のよう。「私ずっとテンション高いんですよ」と笑う彼女も、6年前には一度陸上競技を引退するほど肉体的・精神的に追い込まれました。

出産、大学院進学、ラグビー転向、そして今年再び100mハードルへと帰ってきた寺田明日香選手は、30歳を手前にして10代の頃よりもいい走りができていると話します。競技ブランクを経て気づいたこと、育児とトレーニングを両立する生活を伺いました。

(聞き手・文 小田菜南子)

 

一度はどん底まで落ち込んだ、“最初”の現役時代

小田
テレビや雑誌で拝見するよりも、華奢に見えますね。
寺田さん
ラグビーをしていた頃よりは3、4kg痩せました。糖質もタンパク質もたくさん取っているんですが、動いていると消費しちゃうので増量しにくくて。

一度陸上を引退したとき、いつかは復帰したい、という気持ちはあったんですか?

全く考えていませんでした。当時は調子の悪い時期が3年ほど続いていて、摂食障害も経験しました。症状が貧血として表れ、走りも戻らず、だんだん陸上が嫌いになってきちゃって。完全に辞めるつもりでした。

そこまで気持ちが落ちてしまったんですね。

わたし、普段はずっとテンション高いタイプなんですよね。ポジティブモンスターだと思っていたのに、なんでこんなに落ち込んじゃうんだろうって余計に気分が下がるというか。

復帰を決めた理由はなんだったのでしょうか。

競技を離れてから、大学に通い直したり、知り合いの会社を手伝ったりするなかで、新しい価値観を知ったんですよね。一つの目標にたどり着くためには、私が考える方法以外にもこんなやり方もあるんだってことに気づいて、視野が広くなりました。その間に出産も経験して、少し考え方が変わってきたタイミングでちょうどラグビー界からお話をいただいたんです。

陸上ではなく、ラグビーという全く新しい競技への挑戦に不安はなかったんですか?

「世界と戦う」ということを考えたとき、陸上では3年のブランクを大きく捉えてしまって、正直自信がありませんでした。当時金メダルを目指すと公言していたサクラセブンズ(7人制ラグビー女子日本代表の愛称)の中で、わたしより速く走れる選手はいない。そこに期待をしてもらっていたので、一緒に挑戦したいなと思いました。

 

全く違う競技との出会いが、陸上選手としての成長につながった

出産後初めてのトレーニングは、からだが重く感じられたのでは?

もう全然動けなくて!普通の人と同じくらいの足の速さだったんじゃないかな。フォームすら崩れていました。そこからまずは食事を見直して、ラグビーができるカラダになるために増量をしていきました。ウェイトトレーニングでは負荷を徐々にあげながら、タックルやボールを扱うスキル練習を取り入れていきました。

陸上とラグビーの練習は全く違いましたか?

そうですね。ラグビーは、「止まる」動作への意識が強いなと感じました。走りながらいかに早く切り返せるか、早く下に潜り込めるか、という考え方をするのですが、陸上では「止まるな」と言われるので真逆です。なので、ラグビーで早く「止まる」「切り返す」「しゃがむ」ための動きの逆をすれば、前に進むなという発想が生まれたんです。

「止まり方」の知識が早く走る方法に結びつくんですね。

実際、昨年末に陸上に復帰してからも以前よりも早いタイムが出ています。他に考えられるのは、上半身のトレーニングかな。海外だと陸上の選手でも、結構ムキムキの選手が多いんですよ。でも日本の陸上選手は体の使い方が上手な分、筋肉が無くても走れてしまっている。ラグビーのトレーニングをしたからだで、短距離走に特化したトレーニングをしたら、前の自分に勝てるのではないかと思っています。

 

「わたし腹筋女子なんです!」と、鍛えられたお腹を見せてくれました。

横から見ると、腹筋の「厚さ」がわかります。

 

6年間は“ブランク”ではなかったんですね。
むしろ、必要な期間でした。10代の頃って、なぜ早く走れているのかを考えることがなかったんです。指導者に言われたことをやるだけ。だから、調子が悪い時も自分で原因がわからなくて。ラグビーという未経験のスポーツに出会って、自分のからだの動きを考え詰めていたら、陸上に戻った時も同じように考える癖がついていました。

「自分で考える力」というのがアスリートにとっては大切だと。

もちろんコーチングやサポートスタッフのレベルは非常に高いです。でも、彼らに「自分がどういう走りをしたいのか」「今抱えている違和感はなにか」を、自分から伝えることにもスキルが必要なんですよね。それに対するアドバイスをベースに、また一緒に考えることができているので、コミュニケーションのスキルが陸上のスキルにもつながっています。

 

育児とトレーニングを両立する環境

今はどんな毎日をすごしているんですか?

月水金は必ずトレーニングをするようにしています。午前中10時から12時まではジムで筋力トレーニング、14時から16時までは陸上トラックのある練習場所でランニングのトレーニングですね。夜はご飯をつくったり、娘をお風呂に入れたりして過ごしています。

忙しいと感じますか?

う~ん。忙しいですけど、練習時間が限られている分、ぎゅっと詰め込めるので効率はいいですね。リミットが決まっているので、だらだらしませんし、いい時間が過ごせてる感覚があります。夫との家事分担も、6:4くらい?

 

元日本陸上競技連盟の職員だった、夫の佐藤峻一さん。

並んで写真を撮ると、2人とも少し照れた様子。

 

保育園への送り迎えは旦那さん担当なんですよね。

夫の峻一さん
そうですね。大会前など、普段のスケジュール以外でもトレーニングやケアを入れたいときには、事前に相談してもらって調整するようにしています。

出産後の競技復帰を、傍でどのように感じていたんですか?

本人がやりたいなら、というのが一番ですが、日本スポーツ界全体から見ても彼女の競技転向はいい先駆者・ロールモデルになるだろうなと思っていました。1つのスポーツだけではなく、複数のスポーツ経験が選手としての成長につながるというのは以前から感じていましたから。

ママアスリートとしての姿を、若い世代に見せられるということも価値があると感じています。ラグビーのチームに高校生や大学生が多かったので、僕が娘と一緒に応援に行くと、みんな集まってくるんですよ。

「本当にお母さんだったんだ!」って。

若い女性アスリートが、将来の競技生活を考える上でも、寺田選手の例はとても参考になりますね。

わたしが競技に復帰すると言ったとき、否定的な意見も多かったんです。ラグビーに転向した時も、「2年半のブランクを取り戻すには4年かかる」とか、陸上に復帰するときには「もう30歳手前で難しいんじゃない?」とか。でも実際、本来の走りに戻すまで4年かかってないし、今も若い時よりいい走りができています。周囲のネガティブな意見や情報に流されて、諦めないでほしいです。

 

沿道のトラックで、スタートの姿勢をとってくれました。100mハードルの復帰戦は間近。

 

競技と育児を両立するために一番必要なものってなんですか?

サポーター探しですね。育児に関しては夫もですけど、保育士さんに思い切って預けるというのも大切だと思います。保育士さんはプロなので、全然かわいそうなことではないです。子どもにとっても、お母さんが頑張っている姿を見せてあげたほうがいい関係性につながると思っています。つらいとき、愚痴をこぼせる相手も必要。私は夫にガンガン言ってます(笑)

先ほどトレーニングスタッフともいいコミュニケーションが取れているとも話していましたね。

スタッフの中にも、家庭がある人が多いです。新婚さんとか、子どもが生まれたばかりとか。なので、シーズンイン前の3月までは土日は必ずオフにしていました。私も土日は娘と遊んだり、家族で出かけられるようにして、チーム全体でメリハリをつけています。

1年の中で稼働のバランスを取っているんですね。

シーズン中はどうしても土日がつぶれてしまうので。でもオン・オフでスタッフを切り替えることもしないので、同じ仲間で回していくためにも、できるだけストレスがかからないようにしたいですね。

働き方改革みたいですね。

わたし、学生時代からずーっと根詰めるタイプではないんですよ。部活も、今日は気分乗らないなって日は友達誘って遊びに行くこともありました。厳しく何かを規制されると逆にしたくなるじゃないですか。だったら、やらない日はやらないと決めて、がっつりやるときに100%でやるっていうほうがいいかなって。

 

ストイックでありながら、気を緩めるタイミングも上手にコントロールしている寺田明日香選手。この境地に達するには、陸上と距離を置く経験が不可欠だったのかもしれません。どちらもフルコミットが必要な競技と育児。その両立を、周囲の力を借りながら実現している姿は、ライフステージの変化を迎えるアスリート、そしてすべての女性にとってのロールモデルとなるに違いありません。

 

プロフィール

寺田 明日香(てらだ あすか)

1990114日生まれ。20052007年にはインターハイ女子100mハードルで史上初の3連覇。高校3年時には100m4×100mリレーと合わせて同じく史上初となる3冠を達成。2008年、社会人1年目で初出場の日本選手権女子100mハードルで優勝。以降3連覇を果たす。

2009年世界陸上ベルリン大会出場、アジア選手権では銀メダルを獲得。同年記録した1305は同年の世界ジュニアランク1位だった。2010年にはアジア大会で5位に入賞するが、相次ぐケガ・病気で2013年に現役を引退。翌年から早稲田大学人間科学部に入学。

その後、結婚・出産を経て2016年夏に「7人制ラグビー」に競技転向する形で現役復帰。20171月からは日本代表練習生として活動した。201812月にラグビー選手としての引退と陸上競技への復帰を表明。再び陸上競技選手として、2020東京オリンピックを目指す。

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