2019.06.19 LIA編集部

ママは格闘家。杉山しずか選手がアスリートの産後復帰に思うこと

 

妊娠や出産が働く女性のキャリアに影響を与えるように、ライフステージの変化とどのように向き合うかは、女性アスリートにとっても大きなテーマです。かつて「ママでも金」を有言実行した柔道の谷亮子選手を筆頭に、最近では出産後に競技に復帰して第一線で活躍を続ける選手も増えており、女子格闘家の杉山しずか選手もその1人。「出産=引退」ととらえてほしくないという、ママアスリートとしての彼女の想いを伺いました。

東海大学在学中にプロデビュー後、連勝を重ね、強き格闘家としての道を邁進してきた杉山しずか選手。20代後半には出産を経て、一時はリンクを離れるも現役復帰を果たし、今もなお第一線で活躍を続けています。

格闘家としてリンクで見せる、力強いイメージとは裏腹に、オフでは柔和な笑顔とゆっくりとした話し方で人を魅了。そんな杉山さんは女性アスリートとして、妊娠や出産という複雑なステージをどう乗り越えてきたのでしょうか。また、彼女が考える女性アスリートが生きやすい社会とはどのようなものなのでしょうか。

 

「復帰したい」という気持ちで過ごした妊娠期間

蓮実
杉山さんは出産後も格闘家としてのキャリアを続け、今年の3月の試合でも韓国人選手相手に勝利を収めています。女性アスリートのなかでも希少なママ格闘家として、妊娠中から出産後競技に戻られ今日に至るまでの日々を聞かせていただけるのを楽しみにしています!

さっそくですが、妊娠中は、どのようなことに気を遣って過ごされていたのでしょうか。

杉山さん
妊娠するとすごくむくむということを聞いていたので、バイクを漕いだり、お腹に負担のかからない筋トレを重点的にしたりして、とにかくむくまないように最善を尽くしていました。

蓮実
むくみというのは、やはり避けたほうがいいのでしょうか?

杉山さん
それほどむくみを気にされない方もいると思うのですが、私にとっては、むくむことは、太る、疲れる、だるいといった体に関するすべての不調のはじまりだと感じているので、とにかくむくまないように気をつけていましたね。

また、露出のある仕事でもあったので、妊娠線にも気を付けて、毎日オイルやクリームでケアをしていました。

 

体重は20キロ増え、筋肉は激減

蓮実
とても気を遣って過ごされていたんですね。とはいえ出産を経て格闘家として復帰されるのはものすごく大変ではなかったのかなと想像するのですが……具体的には体にはどのような変化があったのでしょうか?

杉山さん
大きな赤ちゃんだったので、体重は20キロほど増え、出産直前には約80キロまでいきました。

思った以上に筋肉も落ちて体幹がぐにゃぐにゃになってしまったので、産後3ヶ月ほどで初めてキックの動きをしたときは、上半身で下半身の動きを制御することがまったくできずに、そのままぐるんと1周回ってしまうほどでした。

蓮実
そうなんですね。今は、お子さんがいらっしゃるとは思えないような肉体美ですが、どのようにからだづくりをしていったのですか?

杉山さん
出産後はスカスカな体になるので、一旦60キロまで体重を落とし、そこから高たんぱくの食材を中心に5キロほど増量し、もう一度絞っていくことで体を作り直しました。納得行くレベルまで戻すだけでも、やはり1年くらいはかかりましたね。

 

メンタルを保つための環境づくりも

蓮実
ホルモンの変化もありますし、妊娠中も産後もメンタルにはいろいろな影響があるかと思います。そんななか、どうやって気持ちを保たれていたのでしょうか?

杉山さん
その頃、RIZINという大きい大会がちょうど始まって、周りの若い選手が活躍するようになったんです。格闘技界の盛り上がりを感じられたことは、すごく大きな後押しになりました。

海外では産後の復帰もめずらしいことではないので、そういう事例を見たり、谷亮子さんの有名な「ママでも金」って言葉を思い出したりして、「そういう人もいる!」と前向きな気持ちを保つように努力していました。

ただ「そんなに簡単じゃない」というような否定的な言葉は耳にしたくなかったので、妊娠・出産の公表はしませんでした。環境的な不安を解消できたのは、早い時期に託児所を紹介してくださった方がいたことも大きかったです。

 

今は産前よりも高いコンディションを維持

蓮実
触れる情報を意識的にコントロールすることで、気持ちを保っていらっしゃったのですね。実際に復帰後は、いかがですか?ママアスリートになって、なにか変わられたことなどはあるのでしょうか。

杉山さん
練習時間や自分のからだとの向き合い方ですね。以前は自分の練習を最優先にスケジュールを組み立て、練習も足りないと思えば深夜まで入れていましたが、今は子どもを保育園にお迎えに行ったあとの練習は入れられません。

でも時間に制約ができたことで、集中力は上がって密度の濃い練習ができるようになりました。限られた時間のなかで良いパフォーマンスをするためには、どのような行動が必要なのか。栄養の摂り方や練習の仕方なども以前より考えて、仕事にも向き合うようになりましたね。

蓮実
お子さんが生まれたことで、よりプロフェッショナリズムに磨きがかかったのですね。

杉山さん
よく言うと、そんな感じですね。20代の頃は、あれもやりたい、これも気になると注意力も散漫で気の赴くままに過ごしていましたが、今は「トレーニングと育児」という自分のもっとも大切なものに対して気持ちの焦点が絞られています。

勢いだけでやっていたのが20代ですが、その頃に比べて、今のほうがいい体のコンディションを保つことができているんです。 運動後の心拍数の乱れや疲れなども、今のほうがずっと軽く、以前より走るのも速くなったんですよ! 

 

格闘家・杉山しずかであることは、自分を生きること

蓮実
産後にアスリートとしてのコンディションがより良くなったというのは、他の女性アスリートにとっても大きな希望ですね。 復帰してよかったな、と思うときは、どんなときなのでしょうか?

杉山さん
「自分で居続ける」ことができたと思うときでしょうか。仕事の顔とプライベートの顔は違う方も多いと思いますが、私のなかにも格闘家の杉山しずかという部分と、母であり妻である、本名の中村しずかの部分の2つがあって、その両方があっての自分だと感じています。

本名のしずかだけになっていたら、体もめちゃくちゃ太ってて、きっと廃人みたいになっていたんじゃないかと思うことがあります。想像できませんが、人生が違うものになっていただろうな、と。競技に復帰したことで、自分にできることをする喜びや、人生のなかでこれだって思えたものをやり続けることができて、アスリート杉山しずかとしての自分も生き続けながら充実した日々を過ごすことができています。 

蓮実
アスリートの杉山しずかは、人間の杉山しずかさんのアイデンティティの根幹の部分なのですね。母でありアスリートであり続けるために、杉山さんに必要なものはなんなのでしょうか?

杉山さん
周囲のサポートが第一ですね。子供を預かってくれるというような物理的なサポートだけでなく、心理的なものも含めてです。私の場合は、まわりが「やりたいことやりなよ、できるんだから」みたいな雰囲気を出してくれているのが、とても大きいです。

前例があることもすごく大きなことで、谷亮子さんのような存在は、「そういう人もいる」というだけで希望の光になります。

 

出産は現役生活中の出来事の一つ

蓮実
最後に今、女性アスリートとして思うこと、また今後スポーツ界に求める変化などがありましたら聞かせてください。

杉山さん
今は、産後も仕事を続ける女性が多いですよね。アスリート以外の仕事と同様に女子アスリートの妊娠、出産=引退と連想せず、現役として続ける中の一瞬と感じられるくらい、当たり前のことになってほしいと思っています。私の仕事はたまたま格闘家だっただけで、子どもにとっては、どんな仕事をしていてもただのお母さん。「お母さんの仕事」の1つが格闘技だった、という感じになっていくといいなと思っています。

 

格闘家夫婦の子育て。夫目線の杉山しずかはどんな人?

杉山しずか選手のパートナーは、格闘家の中村K太郎選手。同業の共働き夫婦とも言えるお二人ですが、二人揃っての取材は今回が初めてとのこと。

蓮実
K太郎さんから見て、しずかさんはどんなお母さんですか?

K太郎さん
すごく優しいお母さんですね。彼女はもとから責任感がとても強いのですが、子どもに対してもそうなんです。

蓮実
同業の共働き夫婦とも言えるお二人ですが、家事の分担などは、どうしていらっしゃるのでしょうか?

K太郎さん
これは誰って明確に分けているわけではないんです。そういうのを決めようとしたこともあるんですが、あまりうまくいかず…。

そういうことじゃなくて、手伝ってほしいって思ったときに手伝ってほしい、と言われてしまいまして(笑)。今はやってほしいときに、その思いに応えられるよう心がけています。大変そうなときは、話し合うようにしていて。

蓮実
復帰後、活躍されているしずかさんをご覧になられて、いかがですか?

K太郎さん
減量など見ていて大変そうだなと思うこともありますし、復帰前は実は少し心配していたのですが、今ではよかったなと思っています。出会った頃には既に格闘家だったので、格闘技をやっていない彼女は想像できないですね。これからも力を合わせて、支え合っていきたいと思っています。

 

お二人が出会った頃から、結婚期間や出産・育児を経て、K太郎さんに甘えられる領域がどんどん増えていった、と話してくれた杉山しずか選手。母、妻、そして格闘家という、様々な顔を持つ杉山選手ですが、ライフステージの変化を迎える女性アスリートのロールモデルの一人として、今後も自分を生き続ける姿を見せてほしいです。

 

(取材・文/蓮実里菜 編集/小田菜南子 写真/谷口千博)

 

プロフィール

杉山 しずか(すぎやま しずか)

1987年生まれ、アメリカ・ニューヨーク出身。東海大学体育学部卒業。大学在学中に 女子格闘技の団体「DEEP JEWELS(ディープジュエルズ)」の旗揚げ大会で格闘家デビューを果たし、以降は連勝を飾って、格闘家として一躍有名に。

2014年大晦日のDEEP DREAM IMPACTで、元女子ボクシング世界王者のライカに一本勝ちして以降、出産と育児で女子格闘技界から離れていたが、2017年2月のDEEP JEWELSで約2年ぶりに復帰し、奈部ゆかり選手を相手に勝利。続く8月のDEEP JEWELS 17では、空手こまち選手に連勝して完全復活を果たし、総合格闘家として最前線で戦い続ける。

Twitter:https://twitter.com/Cisyumm

Instagram:https://www.instagram.com/cisyumm1

 

杉山さんが働くジムプロデュースのホエイプロテイン。ご自身も出産後、栄養管理の重要さに気づき、特に女性がタンパク質を摂ることの大切さを感じたそうです。太る、ムキムキになるという誤解を取り除き「女性がもっと気軽にプロテインを手にとってほしい」と話してくださいました。

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聞き手/蓮実 里菜(はすみ りな)

ライター。インタビュー記事や留学コラムなどを幅広く執筆中。エッセイである新刊「夜の扉のなかにあるもの」が好評発売中!